不動産あれこれ

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自殺ではない居室内での孤立死とオーナーの法的地位①

昨今のコロナで定期的な見守りを中止していたところ、復興住宅の自室で60代男性が死亡している状態で発見されました。

復興住宅で60歳代男性が孤独死・・・コロナで見守り訪問中止、棟の管理人決められず

引用元:読売新聞電子版 2020年5月17日
https://www.yomiuri.co.jp/national/20200516-OYT1T50272/

令和元年度版高齢社会白書によると、一人暮らしの60歳以上の方の5割超が孤立死を身近な問題と感じていて、実際、東京23区内における一人暮らしで65歳以上の方の自宅での死亡者数は増加傾向にあります。f:id:YHIRO:20200520202617p:plain

引用元 内閣府 令和元年度版高齢社会白書
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2019/html/zenbun/s1_2_4.html

後述しますが、孤立死は発見が遅れると、亡骸の腐乱等が進み、居室が大きなダメージを被ることがあります。オーナーとしては、その修繕費用を請求できなければ、大きな痛手です。

また、隣室の借家人が嫌悪感を払拭できず退去してしまうこともあります。その減収分の賠償も求めたいところでしょう。

 この点を法的に整理すると、
善管注意義務違反を理由とする損害賠償請求は無理。」
「原状回復義務の観点からは一定範囲の請求ができる。」
「けど、改正民法でこの請求も厳しくなるかも。」です。

私見ですよ。

判例と改正民法から紐解いてみましょう。

 

自殺と区別する

借家内の自殺で損害が生じたら、オーナーは、善管注意義務違反による債務不履行あるいは不法行為を理由に損害賠償請求ができます。
自殺は、借家人として善良なる管理者の注意をもって借家を利用する義務(善管注意義務)に違反してオーナーに損害を与える違法な行為だからです。
ダメージを負った居室の復旧費用、その借家の賃料の減収分等について損害賠償請求をしていくことになります。

しかし、同じ借家内での死亡でも、例えば病死の場合は、自殺と区別して考えます。なぜなら、法的には、少し乱暴な言い方をすると、自殺は「借家人の責任でしたこと」ですが、病死は「借家人の責任でしたこと」ではないからです。

この「借家人の責任でしたこと」かどうかという視点から、裁判例をみてみましょう。

なお、一部分かりやすく修正・割愛をしています。

判例 

 事 例
  借家内で死亡した賃借人が発見された。死因は病死であった。
死体は腐乱し、汚物、体液が床コンクリートまでしみこみ、屍臭が同室内の天井・床・畳棟に浸透していた。
また、この屍臭で隣室の借家人が退去して空室となった。
 オーナーから賃借人の相続人・連帯保証人への請求
  ①約180万円(建物修理費用)
②居室の賃料約5ヶ月分(次の入居までの空白期間相当)
③空室となった隣室の賃料約4ヶ月分(次の入居までの空白期間相当) 
 裁判所の判断
 

1 善管注意義務違反を前提とする損害賠償請求は認めない。
  病死は本人にも予想できないから、故意過失がなく、
  そもそも善管注意義務違反が認められないからである。
2 ただし、病死でも原状回復義務は免れない。
  よって原状回復義務に含まれる範囲で請求を認める。
 ①建物修理費用は原状回復に必要な費用として認める。
 ②居室の賃料は1ヶ月分を認める。
 ③隣室の賃料は原状回復とは無関係なので認めない。

 賃借人に善管注意義務違反を認めない

ポイントの1つめは、借家人が居室内で自殺した場合と異なり、善管注意義務違反を認めていない点です(「裁判所の判断 1」)。
病死は借家人にも予想できないこと、つまり「借家人の責任でしたことではない」からです。

これを理由に、裁判所は、隣室の賃料減収について、賠償を認めませんでした(「裁判所の判断 2③」)。

確かに、隣室は、屍臭で退去しました。
しかし、屍臭の原因は病死です。病死は「借家人の責任でしたこと」ではありません。だから、隣室が退去しても、借家人が責任をとるべきことではないという理屈です。

これを自殺に置き換えると、隣室の退去は、「借家人の責任でしたこと」である自殺が原因なので、自殺した借家人は責任をとってくださいということになります(実際に裁判所が隣室の減収分まで賠償を認めるかは別途の考察が必要。)

なお、類似の裁判例東京地裁平成19年3月9日)も、以下のとおり、「病死は人としてあり得ることだから、オーナーは覚悟しなさい。それを理由に債務不履行とか不法行為とかで損害賠償できませんよ。」と述べています。

なお、そもそも住居内において人が重篤な病気に罹患して死亡したり,ガス中毒などの事故で死亡したりすることは,経験則上,ある程度の割合で発生しうることである。そして,失火やガス器具の整備に落度があるなどの場合には,居住者に責任があるといえるとしても,本件のように,突然に心筋梗塞が発症して死亡したり,あるいは,自宅療養中に死に至ることなどは,そこが借家であるとしても,人間の生活の本拠である以上,そのような死が発生しうることは,当然に予想されるところである。したがって,老衰や病気等による借家での自然死について,当然に借家人に債務不履行責任や不法行為責任を問うことはできないというべきである。

自殺と異なり、病死したことそのものについて、法的責任を追及することは無理ということです。

原状回復義務を前提とした支払請求を認める

ポイントの2つめは、善管注意義務違反はなくとも、原状回復義務の観点から、支払請求が認められた金額があることです(「裁判所の判断」2①・②)。

賃貸借契約が終了すると、賃借人には原状回復義務が生じます。これは、自殺、病死無関係です(なお、この裁判例には別途の考察もありますが割愛。)。ですから、その相続人や連帯保証人は故人と同様これを履行しなければなりません。

この観点から、裁判所は、「裁判所の判断 2①」のとおり、修理費用を認めました。「病死は借家人の責任でしたことではないが、原状回復のために修理費用がかかったことは事実なので、支払いなさい。」ということです。
金額が約180万円と多額なのは、亡骸の腐乱が進んだことで汚損した天井板、壁板、床板、浴槽、便器等まで交換したからです。

また、「裁判所の判断 2②」のとおり賃料の1ヶ月分を減収分として認めました。修理が完了してから1ヶ月は臭気が抜けず入居できる状態になかったからとしています(その後は入居できる状態になったので認めない。)。これも、「事実として実際に居住できる状態になるまで1ヶ月はかかったのだから、支払いなさい。」ということのようです。

ここまでのまとめ

以上に照らすと、借家人が病死したときは、善管注意義務違反は無理でも、原状回復義務に基づき、一定の金額について支払請求がみとめられそうな印象です。

実際、東京地裁平成29年2月10日の裁判例でも、病死の亡骸の腐乱が進み、居室が大きなダメージを被った件について、原状回復義務に基づき、修理費用約650万円が認められています。

ただ、私は、改正民法のもとでは、この結論を維持できるか疑問を持っています。

長くなりましたので、続きは次回。