「正直不動産」第75直レビュー 改正民法+ひと手間
「正直不動産」、今回は「改正民法を正直者に語らせたらこうなった」というお話しです。
改正民法が2020年4月1日に施行されました。
賃借人に有利になったといわれています。
ただ、平穏な賃貸借関係を築くには、もうひと手間が欲しいところです。
あらすじ(ネタばれあります 核心はビックコミックで)
登場人物
永瀬財地 登坂不動産の副課長
かつては成約のためには嘘も厭わないエース営業だったが、
ひょんなことから上手く嘘がつけなくなってしまった。
月下咲良 登坂不動産の新入社員
カスタマーファーストの営業を身上に奮闘中。
松崎将吉 地主・オーナー
「原状復帰を盾に敷金を返さない悪徳オーナー」との噂。
賃借人に有利な改正民法を知りショックを受ける。
第1話以来の登場。
あらすじ
最近売上げ3割以上ダウンの登坂不動産、オーナーや地主とのトラブル一つで会社が転覆しかねない状況です。
そんななか、永瀬は因縁の「あのオーナー」松崎に改正民法の説明に向かいます。
敷金・原状回復について規定の新設や、賃借物の一部滅失等による賃料減額について説明しますが、悪徳な松崎の言葉に持ち前の正直が暴走。
言わなかったこと、聞かなかったことにはできません。
こんな時期にオーナー怒らせたらまずいんじゃなかったっけ?
敷金・原状回復を巡る改正
永瀬の説明どおり、2020年4月1日施行の改正民法には、敷金・原状回復についての規定が新設されました。
ただ、その内容は、判例の解釈を条文にして明確化したもの。
分かりやすくなりましたが、目新しい内容ではありません。
なお、原状回復については、孤独死との関係で触れています。
賃借物の一部滅失等による賃料の減額等
目新しい改正といえば、永瀬も説明した賃借物の一部滅失等による賃料減額規定です(改正民法第611条1項)。
賃借物の一部が滅失その他の理由で使えなくなったとき、それが賃借人のせいでなければ、使えなくなった割合に応じて賃料が減額されることになりました。
例えば、「備え付けのエアコンが故障して使えない」とき、その分賃料が当然に減額されます。
改正前の民法611条第1項で賃借人ができたことは、賃料の減額を請求することまで。オーナーが簡単に応ずるはずがありません。
これが、当然減額になるのですから、オーナーには脅威です。
条文は以下のとおり。第1項の「減額される」がポイントです。
改正前の1項では「減額を請求することができる」と一歩引いた文言でした。
民法第611条(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)
1 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
トラブルになりそう
賃借人の味方となる改正民法第611条1項ですが、トラブルの危険もはらみます。
減額の幅が決まっていない
例えば「備え付けのエアコンが故障して使えない」場合、賃料減額の対象になり得ます。ただ、賃借人とオーナーは、いくら減額するかでもめることになります。
改正民法は、減額の幅まで定めていないからです。
この点の国交省の見解は以下のとおり。「民間賃貸住宅に関する相談対応事例集 ~賃借物の一部使用不能による賃料の減額等について~」2頁からの引用ですが、そりゃ、そうです。
ただし、一部滅失の程度や減額割合については、判例等の蓄積による明確な基準がないことから、紛争防止の観点からも、一部滅失があった場合は、借主が貸主に通知し、賃料について協議し、適正な減額割合や減額期間、減額の方法(賃料設定は変えずに一定の期間一部免除とするのか、賃料設定そのものの変更とするのか)等を合意の上、決定することが望ましいと考えられる。
もめないようにするには、予め契約書で減額の幅を定めるしかありません。
減額幅は当事者で決めるしかありませんが、以下が参考になります。
公益社団法人日本賃貸住宅管理協会の「サブリース住宅原賃貸借契約書(改訂版)」のガイドラインです。あくまで参考です。
例えば、月額賃料15万円の物件で電気が3日間使えなかった場合は以下のとおり1,500円が一ヶ月の減額の目安になります。
賃料15万円×減額割合30%×(3日-免責日数2日)/30=1,500円
下線は日割計算です。
うーん、電気3日間使えない不便さに比べてどうかはさておき、何らかの金額を合意しておけば、トラブルになりにくいことには違いありません。
弊害のおそれあり
減額幅に加え、改正民法611条1項にはこんな弊害も懸念されます。
例えば、賃借人の退去時、オーナーが「原状回復費は20万円」と算定したところ、賃借人が「実は、1年前からエアコンが壊れていて使えなかった。支払ってた満額賃料のうち減額分を返してくれ。原状回復費と相殺でいいよ。」なんて減額狙いの主張することもあり得ます。
こんなトラブル予防には、賃借人に通知義務を課すことが考えられます。
例えば、以下のような文言を契約書に盛り込みます。減額対象を通知後に限定すれば、突然長期間の減額を求められることがなくなります。
文言がアバウトなのはご容赦ください。
賃借物の一部が滅失その他の事由により使用できなくなったときには、賃借人は、賃貸人に対し、直ちにその旨通知する。民法611条1項に基づく賃料減額は、その通知日の翌日から発生する賃料のみが対象になるものとする。
修繕のため賃借人に早期の通知に協力してもらうことも、トラブル予防のために賃料減額の基準日を通知日とすることも、賃借人に不合理な負担を課すものではありません。
まとめ
賃借人の味方といわれる改正民法ですが、規定が抽象的なのでかえってトラブルになりかねません。
賃料減額だけでも、予め減額幅を合意したり、賃借人に通知義務を課したりと、ひと工夫の余地がたくさんあります。
その工夫が、平穏な賃貸借関係を築き、オーナーにも利益になるはずです。