不動産あれこれ

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自殺ではない居室内での孤立死とオーナーの法的地位②

前回、借家人が、借家内で自殺でなく例えば病死した場合、オーナーにどんな法的請求が認められるかについて、裁判例を紹介しました。

亡骸の腐乱が進んだことで汚損した天井板、壁板、床板、浴槽、便器等の修理費用が認められ、その額も紹介した裁判例では約180万円、約650万円。金額はそれなりの印象です。

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ただ、実は、この裁判例には、認める金額の範囲が広すぎないかと疑問が呈されていました。
令和2年4月1日に施行された改正民法に照らすと、その疑問はより露わになります。
原状回復義務の範囲が狭められるとオーナーに不利になりかねません。

 改正民法における「原状回復義務」の範囲

改正民法で明確にされた

改正民法621条は、「原状回復義務」の範囲を以下のとおり示しました。

民法第621条(賃借人の原状回復義務)
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

実は、改正前の民法は「原状回復義務」の範囲を明確にしていませんでした。
専ら解釈に委ねられ、集積された判例等がよりどころとなっていたのです。

明確でないと争いの種になるのが当たり前。
原状回復義務の範囲を巡る争いが後を絶ちませんでした。
オーナーは、原状回復義務の範囲を広げ、その分敷金の返還額を少なくしたい。逆に、賃借人は、その範囲を狭め、返還額を多くしたい。

そんな争いを防ごうと、改正民法は、これまで集積された判例の考え方を条文に示して明確にしたわけです。

ここでは、「ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」に注目です。

「ただし~」は原状回復義務の範囲を狭めるワード

この「ただし~」は、要するに「普通なら原状回復してもらう範囲でも、賃借人のせいじゃなければ外してあげます。原状回復しなくていいですよ。」ということです。 原状回復義務の範囲を狭めるワードですね。

亡骸の腐乱が進み天井板、壁板、床板、浴槽、便器等が汚損した件を、条文にあてはめつつみてみましょう。

「賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷」に該当する?

これは損傷のタイミングの問題ですが、該当します。
亡骸の腐乱により生じた汚損は、建物を賃借して居住を開始した後に生じた損傷だからです。

「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」に該当し除外される?

これは「原状回復義務」の範囲から除外される(オーナー負担となる)通常の損耗や経年劣化に該当しませんかということです。
これらに該当しないので「原状回復義務」の範囲から除外されません。
亡骸の腐乱が進んだことによる建物へのダメージが、通常損耗や経年劣化と同列に扱われることはないでしょう。

今のところは、「原状回復義務」の範囲内に踏みとどまってます。

これが問題「ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるもの」に該当し除外される?

その損傷が借家人のせいかどうかということです。
借家人のせいではありませんから、「賃借人の責めに帰することができない事由によるもの」に該当しそうです。該当するなら、ここにきて「原状回復義務」の範囲から除外されることになります。
裁判所が述べるとおり、病死は自殺と異なり「借家人の責任でしたこと」ではありません。ですから、その後亡骸の腐乱が進んで建物が大きなダメージを被っても、それは「賃借人の責めに帰することができない事由によるもの」ということになります。

病死前に生じていた通常損耗・経年劣化については原状回復義務の範囲に含まれても、病死後に建物が被った大きなダメージは原状回復義務の範囲に含まれない、つまり修理費用を請求できないということになります。

現実に大きく傷み、多額の修理費用が発生しているのに釈然としないところですが、借家人側の保護が優先されたと捉えるしかありません。

まとめ

病死で亡骸の腐乱が進み建物が大きなダメージを被った事案について、「原状回復義務」の範囲を大きく捉え、それなりの修理費用を認めた裁判例もありました。
しかし、令和2年4月1日施行の改正民法に照らすと、その結論の維持は難しそうです。病死は「借家人の責任でしたこと」ではなく、改正民法では「原状回復義務」の範囲から除外されるからです。
裁判所が原状回復の範囲を狭く捉えることも見据え、原状回復義務の範囲を広げる特約を付する(ただし消費者契約法に留意)、保険対応といった備えがより重要になります。